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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和52年(ワ)18号 判決

原告 前田耕作 外一名

被告 株式会社大石商店

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告らは各自原告前田耕作に対し金二六八万五、五〇〇円、原告近藤宏に対し金九八万七、四〇〇円とこれらに対する昭和五二年六月三〇日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二  被告ら

主文同旨の判決。

第二当事者の事実上の主張

一  請求の原因事実

(一)  被告会社は素材製材品の生産加工ならびにその売買等を目的として昭和二七年六月五日設立された株式会社である。

(二)  原告前田耕作は昭和二六年五月一日訴外亡大石康夫に雇傭されていたが、被告会社設立と同時にその従業員となつた。

(三)  原告近藤宏は昭和四一年一〇月一日被告会社に雇傭された。

(四)  原告らは被告会社の製材工員としてその業務に従事してきた。

(五)  原告らは被告会社から昭和五二年四月二三日付をもつて解雇された。

(六)  被告会社が雇傭する製材工の四分の三以上が加盟した労働組合が結成されているが、右労働組合と被告会社との間において退職金の支給につき左記の労働協約が成立している。

自己退職の場合は一年勤続につき平均賃金の一五日分、停年退職の場合は一八日分、解雇の場合は二〇日分

(七)  原告らは非組合員であるが、労働組合法一七条により原告らにも右労働協約が適用される。

(八)  原告前田耕作の勤続年数は二五年であり平均賃金は日額金五、三七一円であるので、その退職金は次のとおり金二六八万五、五〇〇円となる。

5,371円×20×25=2,685,500円

(九)  原告近藤宏の勤続年数は一〇年であり平均賃金は日額金四、九三七円であるので、その退職金は次のとおり金九八万七、四〇〇円である。

4,937円×20×10=987,400円

(一〇)  被告会社は亡大石康夫の全額出資により設立され、またその経営も同訴外人が独断でしていたものであり、被告会社と同訴外人は実質上同一人格であるから、同訴外人は被告会社とともに原告らに対し前記退職金を支払う義務がある。

(一一)  大石康夫は昭和五二年八月二六日死亡し、その相続人は別紙選定者目録記載の選定者ら五名であり、そのうち亡大石康夫の妻大石幸子が三分の一、その子大石喜造、同池尻恵子、同高橋和子、同楠堂美代子が各六分の一宛相続により亡大石康夫の権利義務を承継した。

(一二)  そこで被告らに対し、退職金として原告前田耕作は金二六八万五、五〇〇円、原告近藤宏は金九八万七、四〇〇円とこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年六月三〇日から支払いずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因事実に対する被告らの答弁と主張

(答弁)

(一) 請求の原因事実(一)(二)の事実は認める。

(二) 同(三)の事実は認める。但し原告近藤を雇傭したのは昭和四一年一〇月一日ではない。

(三) 同(四)の事実は否認する。

(四) 同(五)(六)の事実は認める。

(五) 同(七)の事実は争う。但し原告らは労働組合の組合員でないことは認める。

(六) 同(八)(九)の事実のうち原告らの勤続年数、平均賃金は認めるが、その余の事実は争う。

(七) 同(一〇)の事実は否認する。

(八) 同(一一)の事実は認める。

(主張)

原告らは本件労働協約の当事者たる労働組合の組合員である他の従業員と同種の労働者ではなく、したがつて本件労働協約が原告らに拡張して適用されるいわれはない。すなわち原告らは被告会社において管理職的立場にあつたものであり、また、残業手当の計算方法が他の従業員よりも有利であること、年末手当、夏季手当の支給金額の算出の方法が他の従業員とは異なること、他の従業員は健康保険料および厚生年金保険料の全額を負担しているのに原告らは半額しか負担していないこと、他の従業員の所得税等は源泉徴収されていたが、原告らのそれは被告会社が負担していたこと、他の従業員の給料は日給制であるのに、原告らのそれは月給制であること等原告らはその他の従業員とは異なる取り扱いを受けていたものであつて労組法一七条のいう同種の労働者とはいいえない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一当事者間に争いのない事実

被告会社は昭和二七年六月五日素材製材品の生産加工ならびにその売買等を目的として設立された株式会社であること、原告らは被告会社の従業員であつたが昭和五二年四月二三日被告会社によつて解雇されたこと、被告会社が雇傭する製材工の四分の三以上の者が加盟している労働組合が結成されており、その労働組合と被告会社との間において、その退職金について、自己退職の場合は一年勤続につき平均賃金の一五日分、停年退職の場合は一八日分、解雇の場合は二〇日分支給する旨の労働協約が締結されているが原告らは組合員ではないこと、原告前田耕作の勤続年数は二五年でありその平均賃金は金五、三七一円であること、原告近藤宏の勤続年数は一〇年でありその平均賃金は金四、九三七円であること、大石康夫は昭和五二年八月二六日死亡し別紙選定者目録記載の選定者がその相続人でありその権利義務を承継したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

第二本件労働協約が原告らにも適用があるか否かについての判断

一  労働組合法一七条は「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする」旨規定する。本条の立法趣旨は、労働協約の適用を受けない少数労働者が、協約当事者である多数労働者よりも低い労働条件で雇傭されると当該工場事業場における労働条件について最低の条件を定めた労働協約の果たす機能が制限されざるを得なくなるから、協約当事者たる労働組合およびその組合員全体の立場をまもるため、組合員でない少数労働者にもその労働協約を拡張して適用させることにしたものと解するのが相当である。したがつて本条の適用上、その労働協約を当該非組合員労働者に適用しなければ、協約当事者たる労働組合やその組合員の団結に支障をきたしたり当該労働協約の機能が害されることがあるか否かという見地から、その作業内容ばかりではなく、賃金その他の労働条件の差異の有無を具体的かつ総合的に検討して非組合員労働者が「同種の労働者」であるか否かを判断しなければならないものというべきである。

二  この見地に立つて本件を検討する。

前記争いのない事実に成立に争いがない甲第三ないし第一四号証、乙第一号証、同第二五号証、証人小渕静平の証言、原告らおよび被告大石喜造の各本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  訴外亡大石康夫は従来から個人で山林の買付、伐採、原木の販売、製材およびその製品の販売等の事業に従事していたが、昭和二七年六月五日その事業を会社組織にするため被告会社を設立した。

(二)  原告前田は被告会社が設立されるより前の昭和二六年五月一日亡大石康夫に雇傭され、被告会社が設立されてからは被告会社の従業員になつた。そして原告前田は被告会社の製材工場でトラツクの運転、ホークリフト車や台車の操作、製品の結束等の仕事にも従事していたほか、職工の仕事の割り振り、被告会社が買い付ける山の調査や立木の寸検、帳簿付け、さらには被告会社とその従業員との間の労働条件等についての団体交渉時には亡大石康夫とともにあるいはこれに代つて従業員と交渉する等のことにも従事していた。

(三)  原告近藤は昭和四一年一〇月一五日被告会社に雇傭され、製材工場でのホークリフトの運転のほか、山林の立木の見積り、伐採木の臨検および売買、銀行の金の出し入れ、亡大石康夫が経営していた金融業の手伝いにも従事していた。

(四)  原告ら両名が解雇された昭和五二年四月二三日当時被告会社には原告らの他六名の者が雇傭されていたが、それらの者はもつぱら被告会社の製材工場での肉体労働のみに従事していた。

(五)  原告ら両名をのぞく被告会社の従業員は新宮地方の製材工場の従業員で組織する新宮木材労働組合に加入していたものであり、この労働組合およびこの労働組合と同種で地域を異にする労働組合、すなわち古座川木材労働組合、田辺木材労働組合が和歌山県木材労働組合連合会に加盟していた。また被告会社は新宮地方の木材業者が組織している新宮製材経営者協議会に加入していたが、この団体および古座川木材協同組合、田辺木材協同組合の三者が昭和四九年前記労働組合連合会との間に右労働組合の組合員の退職金等について協約(本件労働協約)を締結した。そして右協約によれば、解雇の場合の退職金について勤続一年につき日給の二〇日分と労働基準法にいう予告手当とは別に三〇日分を併わせて支給することが定められている。

(六)  原告ら両名と被告会社のその他の従業員とでは労働条件において次のとおりの差異があつた。すなわち

1 原告ら両名は月給制であり欠勤しても賃金が減額されることはないが、その他の従業員は日給計算であり休むとその分だけ必ず減額される。

2 期末手当については、原告ら両名もその余の従業員も年二回支給されていたが、原告らに対する支給額は被告会社の利益の増減に応じて加減されていたが、その他の従業員のそれは一回分について日給の四〇日分とあらかじめ決められていた。

3 時間外手当は、一時間について、原告らは日給額(正確には月給額を日割計算したもの)の五分の一を支給されていたが、その他の従業員は七分の一であり、原告らの方が有利な計算方法が採用されていた。

4 健康保険料と厚生年金保険料は、原告らについてはその四分の三を被告会社が負担していたが、その他の従業員については被告会社の負担分は二分の一にすぎなかつた。

5 所得税等の税金は、原告らについては被告会社が支払つていたが、その他の従業員については自己負担であつた。

(七)  亡大石康夫は昭和五二年一月一六日吐血して入院したため被告会社の工場経営がむつかしくなつたので被告会社は全従業員を解雇しようとした。ところが従業員たちはこれに反対したため、被告会社と新宮労働組合との間で、交渉がもたれた。その際原告らは右労働組合に原告らの身分についても被告会社と接渉して欲しい旨を依頼した。ところが同労働組合は、原告らが同労働組合の組合員ではないし被告会社の管理職的立場にあつたものであり組合員たり得ないものと判断して原告らの依頼を拒絶したので、被告会社は原告らを解雇し、その他の従業員に対しては解雇を撤回し、工場継続をはかつた。

(八)  ところが被告会社のその後の工場の経営はおもわしくなく、多額の赤字が累積したので、被告会社は昭和五四年一月一八日営業を廃止し、従業員全員を解雇し、解雇した従業員らには前記協約どおりの退職金を支払つた。

(九)  被告会社は原告らを解雇するときそれぞれ金三〇万円宛の退職金を支払うことを申し入れたが、原告らはこれを拒絶した。

三  以上認定の事実によると原告らは、被告会社における立場、作業内容において他の従業員とは差異があり、また労働条件において総じて他の従業員よりも有利に取り扱われていたものというべきである。したがつて他の従業員全員が加入していた新宮木材労働組合に加入できなかつたものというべきであり、原告らが被告会社と同労働組合との間の労働協約の適用を受けなくても、被告会社の他の従業員の労働条件の低下をきたしたり団結権を害したりするおそれはないから、原告らは他の従業員と労組法一七条にいう同種の労働者であるとはいいえないものとしなければならない。そうすると原告らは本件労働協約の適用を受けえないものといわなければならない。

第三むすび

以上の次第で、原告らに本件労働協約が適用されることを前提とする原告らの本件請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却し、民訴法八九条、九三条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 下村浩蔵)

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